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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6240号 判決 1961年11月20日

原告 田嶋恩 外二名

被告 株式会社内藤鉄工所

主文

被告は、原告田嶋恩、同山田雅吉に対し、それぞれ金四万四千九百九十六円及びこれに対する昭和三十三年八月二十一日以降完済まで年五分の金員を支払え。

原告田嶋恩、同山田雅吉のその余の請求及び原告日本フアイリング株式会社の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告田嶋恩、同山田雅吉と被告との間に生じた部分は、これを五分し、その四を右原告等の負担とし、その余を被告の負担とし、原告日本フアイリング株式会社と被告との間に生じた部分は、右原告の負担とする。

この判決は、原告田嶋恩、同山田雅吉において、各金一万五千円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告田嶋恩、同山田雅吉に対して金五十万円、原告日本フアイリング株式会社に対して金五十万円及び右各金額に対する昭和三十三年八月二十一日以降完済までの年五分の金員を支払え。被告は、朝日新聞、日本経済新聞、建設通信及び日本図書館新聞の各紙上に、三回宛、別紙記載の文案により、二段抜き四号活字をもつて原告等宛の謝罪広告を掲載せよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告田嶋恩及び同山田雅吉は共同して昭和二十九年一月十二日書架用支柱の構造に関する実用新案登録番号第四〇九四七九号の登録を受けその実用新案権(以下本件実用新案権と略称する)の権利者であり、

原告日本フアイリング株式会社(以下単に原告会社と略称する)は、鋼鉄製家具の製作請負等を目的として設立された会社で、実用新案法第九条第三項、特許法第三十五条第一項により、本件実用新案につき通常実施権(以下本件実施権と略称する)を有するものである。

(二)  しかして、本件実用新案権の登録の範囲は、「別紙図面に示すように、左右のU字形条鈑1、2の両端縁をそれぞれ外方に屈曲して形成した突縁部a″、a′及びb、b′を衝合せて成る書架用支柱において、一方のU字形条鈑2の両端なる突縁部b及びb′に延長端縁c及びc′を設け、該端縁c及びc′にて他側のU字形条鈑1の突縁部a及びa′を包被し、これを圧着せしめて成る構造」である。

(三)  ところで、被告は、昭和三十年七月頃に訴外古久根建設株式会社(以下古久根建設と略称する)(納入先日本大学教養学部図書館)同年九月頃に訴外栃木県、(納入先県立図書館)、同年十二月頃に訴外茨城県(納入先県立図書館)に対し、それぞれ、注文に応じ、図書館用書架(以下本件書架と略称する)を製作販売したが、右各書架の支柱の構造は、いずれも本件実用新案にかかる書架用支柱の構造と全く同一である。

(四)  されば被告の本件書架の右製作販売は、原告田嶋及び同山田の本件実用新案権並びに原告会社の本件実施権を侵害したものであり、

右実用新案権の存在は、当時被告も鋼鉄製家具の製作業者であるから被告代表者においては当然にこれを知り、又は少くとも取引上必要とされる注意を怠らなければ知り得べきものであつたのである。

従つて被告会社代表者は故意又は過失により原告等の上叙権利を侵害したものであり

被告の右行為はその代表者の職務の執行するについてなされたものであるから

被告は原告等が上叙権利の侵害によつて受けた損害を賠償する責があるところ、

(五)  被告が前述の各注文者との間になした本件書架の製作納入請負価額は三口合計四百九十九万二千円で、この種の請負による請負人の得る利益は通常五十万円を下らないのであるが、右は本件実用新案権の内容たる実用新案を使用して得た利益であるから、これを以て、実用新案権者がその権利を不法に使用されたことにより受けた損害と解することができる。

そこで、原告田嶋、山田の両名はその実用新案権の侵害による損害の賠償として被告に対し金五十万円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十三年八月二十一日以降完済までの民法に定められた年五分の遅延損害金の支払を求めるものである。

(六)  ところで、被告の実用新案権の侵害の所為は同時に原告会社の実用新案の実施権をも侵害したのである。(三)の古久根建設、栃木県並に茨城県の本件図書館用書架の請負人決定は請負希望業者の競争入札の方法によりなされたものであるが、被告は本件実用新案を使用し得る何等の権原もないのに、実用新案の実施権者である原告会社と競争入札をなし、本件書架製作納入を落札し、原告会社を排して請負人となり、実用新案を使用して書架を製作納入し、原告会社の実施権を侵害したのであるが、被告に本件実用新案を使用できる権原のないことは被告代表者において知り又は少くとも知り得べかりしものであつたこと並に右競争入札が被告代表者の職務の執行として被告代表者又はその代理人によりなされたものであることも明白であるから被告の競争入札参加並に書架製作納入の所為により原告会社の受けた損害はすべて被告において賠償する義務があるのであるが、

(七)  原告会社の入札価格は、古久根建設の分については、二百八十四万七千円、栃木県の分については九十八万円、茨城県の分については二百六十七万五千四百八十円であり、若し被告の競争入札参加がなかつたならば、原告は右各価格を以て落札して請負人となり、入札価格合計六百五十万二千四百八十円の一割に相当する六十五万円以上の利益を得た筈であるのに、この利益を喪失して、同額の損害を受けたので、右損害の内金五十万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三十三年八月二十一日以降完済までの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める次第である。

(八)  更に原告田嶋、山田並に原告会社は以上のように財産権の侵害による損害を受けた外、被告の所為によりその名誉乃至信用を毀損された。

原告田嶋、山田は大正十三年頃から訴外東京鋼鉄家具製作所に勤務し、当時より鋼鉄製書架の製作に着目し、研究を重ね完成を見た。昭和十四年十二月原告会社が設立されると、原告田嶋はその代表取締役に、原告山田はその技術部長(後に取締役)に就任し、右書架の製作販売に従事すると同時に、その改良として書架用支柱の堅牢化について数年間に亘る研究の結果、本件実用新案の考案を案出したもので、右考案については東京大学の研究所から、その優秀性を賞讃され、昭和三十一年十一月二十七日には発明協会から優秀賞を受け、又毎年開催される業界の展示会を通じて常に賞讃を博して来たものであり、

又原告会社は、業界において書架の一流メーカーとして目せられ、本件実用新案実施権による優秀な書架を製作販売し、その宣伝に努めて得意先を獲得し、昭和三十三年度には三百以上に達する得意先に製品を納入するに至つたのであるが、昭和三十年当時においても、厚い信用を誇つていたものであるところ、

(九)、被告はすでに述べたように原告田嶋、山田両名の実用新案権並に原告会社の実施権を侵害したばかりでなく、

(イ)  本件実用新案の内容である考案を使用して製作した書架の支柱(本件古久根建設より請負い、日本大学教養学部図書館に納入したもの、茨城県より請負い、同県立図書館に納入したものを含む)を被告発行の「カタログ」(乙第七号証)に広告して受注に資し、

(ロ)  原告等にその権利侵害を発見され、本訴の提起を見るや、被告代表者において本件実用新案権の存在を知りながら、その権利の目的である考案を以て公知公用のものであると主張し、これに呼応して、本訴訟において証人として出頭した被告会社の製造部長で設計責任者である高橋弥作は大正十五年商工中心会発行の教科用機械設計図(乙第一号証の一乃至五)を引用して「本件実用新案の考案は普通板金職(ブリキ屋)の常用しているものである」旨の証言をしている。

右(イ)(ロ)の所為は被告の実用新案権並にその実施権の侵害と相俟つて、原告田嶋、山田両名の名誉を毀損するのみならず、原告等三名が本件実用新案の考案について誇張宣伝をして来たとの誤解を一般に与え、その信用を甚だしく失墜させたのである。

(十)  そこで原告等は被告に対し、被告により毀損された名誉並に失墜された信用を回復のため、請求の趣旨中に掲げた謝罪広告をなすベきことを求める次第である。

(十一)  原告田嶋、山田の両名については、その名誉の毀損信用の失墜により精神上多大の苦痛を受けたが、その慰藉料額は両名共同に対して五十万円(二十五万円宛)が相当である。

そこで若し右原告両名の本件実用新案権侵害による(五)の請求が理由がないときは、右慰藉料五十万円とこれに対する前述通りの遅延損害金の支払を予備的に求めるものである。

被告の答弁については、

(四)についての答弁の(1) の教科用機械設計製図上巻に例示されているものは、ブリキで枠の継ぎ目(たとえば管と管とを継ぐ)を作る場合であり鋼鉄板を組合せて長い支柱を作る本件の場合とは異るものである。(2) の被告主張の図書館雑誌の公告内容が、その主張通りのものであることは認める。(3) の被告主張の各書架に登録の標記がないこととは認める。(4) の書架の請負のための入札方法が被告主張の如くであり、本件書架の請負について被告主張の入札方法が採られたこと並に原告会社が使用人を代理人として各入札に参加させたことは認めるが、その余の点は否認する。原告会社は古久根建設に対し「見積合せ」に使用される設計図面は原告会社が納入先となる日本大学に提出して置いたもので、書架の支柱は原告会社が実用新案の権利をもつているものであることを、写真を示して予め説明していたものでありその余の入札に際しては説明会の席上で原告会社の使用人から書架の支柱が原告会社の権利に属する実用新案の型であることを説明したものである。

なお、公知公用のものは新規性がないことになるので実用新案原簿に登録されることはないし、本件実用新案権については昭和二十九年一月十二日登録され、登録当時の特許局公報により公告されているのであるから、被告においては本件実用新案権の存在を知つていたか、又は業者としての注意を怠らなければ容易に知り得た筈のものである。

損害額の算定については、支柱だけが独立して取引の目的となつたものではなく、支柱を使用して構成された書架が取引の目的となつているのであるから損害額の算定も書架全体の価格を基準とすべきものである

と述べ、

立証として甲第一号証の一乃至三、甲第二号証、甲第三号証の一乃至三、甲第四号証の一、二、甲第五乃至第七号証、甲第八号証の一乃至四、甲第九号証の一乙至三、甲第十乃至第十三号証、検甲第一第二号証を提出し、甲第七号証は被告が古久根建設からの注文により日本大学教養学部図書館へ納入した本件書架の写真であり、甲第八号証の三は栃木県立図書館の設計図、甲第九号証の二、三は茨城県立図書館の設計図、検甲第一号証は従来行われていた支柱の見本、検甲第二号証は本件実用新案にかかる支柱の見本であると附陳し、証人山田清蔵、落合良雄、小林彦久、佐々木喜代次の各証言並に原告山田雅吉に対する本人尋問の結果を援用し、乙号証は全部成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却するとの判決を求め、原告等が請求原因として主張する事実につき、

(一)の第一段は認める。第二段のうち原告会社がその主張の如く本件実用新案の実施権者であることは不知。その余の事実は認める。

(二)、(三)は認める。

(四)は否認する。

第一段については、原告会社は専用実施権者ではなく通常実施権者であるとの主張の下においては(三)の事実のみではその権利を害されることにはならない。

第二段については本件実用新案の内容である考案は、従前より公知公用のものであり板金職を業とするものは常識として使用していた方法である。

(1)  たとえば大正十五年一月、工業教育研究会と商工中心会の共著に係る中等程度の工業学校の機械設計製図科の教材として編纂発行された教科用機械設計製図上巻(四十三頁)には鉄板の接合方法として本件実用新案の考案と同一方法が例示されており、かような方法は旧制中学程度の工業学校において、広く教授され、被告も本件書架の製作を請負う前からその方法を知つていたので、それが実用新案権の内容となつているなどとは思もよらなかつたし、

(2)  又本件実用新案権についてのものであつたろうと思われる原告会社発行のパンフレツト並に訴外社団法人日本図書館協会発行の図書館雑誌の公告には、単に「特許田嶋式」と表示してあるだけで、特許の内容も登録番号も記載がないので、それによつてもどんな部分にどんな内容の特許権又は実用新案権等があるのかを知るに由なかつた。

(3)  のみならず、原告会社は本件実用新案の考案を使用して製作した書架を明治学院大学、国会図書館、東京大学等数十ケ所に納入しているが、それらの書架には何れも登録の標記がなく、それらの書架を見ても本件実用新案権の存在することを知ることはできないのである。

(4)  元来競争入札により書架の製作請負人を定める通常の方法としては

(い)  注文者が設計図面を入札参加者に示し、右図面について質疑応答をするための説明会を開いた上で入札させる場合、

(ろ)  注文者が設計図面を入札参加者に示しただけで入札させるいわゆる「見積合わせ」の方法による場合、

(は)  注文者は書架の設計図を示さず、単に配置図だけを入札参加者に示し、説明会を開いて説明をした上、入札させる場合(この場合には落札者において設計図面を作成して注文者に提出し、注文者の承認を得ることとなる)、

があり、(い)(ろ)の場合において注文者より示された設計図面中に特許権又は実用新案権等の存する部分があるときは、その権利者が入札参加者となつている限り、権利者において説明会又は「見積合わせ」の席上で、その権利のあることの申出をすることが書架の製作業界における慣習であるところ、

本件古久根建設よりの注文の際は(ろ)の「見積合わせ」の方法が採られ、栃木県よりの注文の際は(い)の方法が採られ、茨城県よりの注文の際は(は)の方法が採られ、原告会社はその使用人を代理人として、以上の各注文の際の入札に参加させていたが、

古久根建設並に栃木県の注文については、その設計図面に本件実用新案の考案を使用して製作をすることが図示されているにも拘らず、原告会社の代理人は右の点につき実用新案権のあること及び原告会社にその実施権の存する旨の申出をしなかつたし、又茨城県の場合の説明会においても、原告代理人はこれに出席していたのに、右のような申出をしなかつた。

(5)  しかもすでに(2) で述べた原告会社発行のパンフレツトや、図書館雑誌に原告会社製作の書架並に特許田嶋式と表示した整理棚全体の写真があつたので、被告においては、本件書架の製作請負を落札した後も、弁理士訴外井上清子に依頼して特許田嶋式と表示されている実用新案の内容を特許庁について調査して貰つたが登録番号が判明しないので、結局わからずに終つた。

以上の各事実よりしても明白なように、被告としては、本件書架工事の落札並に製作納入当時、本件実用新案権の存在を知らず、又一応業者として必要な注意をしたけれども、知ることができなかつたのであるから、その知らないことについて何等の過失もないのである。

なお、被告に故意又は過失がないとする以上の主張が認められないとしても、この点に附随する抗弁として左記の如く主張する。

(a)  被告が本件書架工事を落札した後、原告等は被告の右落札を知りながら被告に対し本件実用新案権について何等の申出も主張もしなかつたが、この事実は前述(4) の事実と相俟つて、被告が書架製作のため本件実用新案の考案を使用することを暗黙に承諾したものと云うべく、

(b)  そうでないとしても、すでに述べた(2) 乃至(4) の事実からして、被告の本件実用新案権並にその実施権の侵害(仮に侵害があるとして)について原告等にも重大な過失があるから、右過失は損害賠償額を定めるについては斟酌さるべきものである。

(五)は否認する。もつとも被告の本件書架製作納入請負価格は三口合計五百二十二万三千五百円である。

(六)のうち、本件書架の製作納入請負人の決定が原告等主張の方法でなされたこと。右入札の結果、被告が落札により請負人となり本件書架を製作納入したことは認めるが、その余の主張はこれを争う。

(七)については、原告会社の入札価格は不知、その余の点は争う。

なお(五)乃至(七)の損害の算定については仮に被告が本件実用新案権又はその実施権の侵害による損害賠償の責に任ずべきものとしても、実用新案権の対象となつている書架用支柱部分は書架の一部として独立した部分であるから、この部分の製作のみが実用新案権(又は実施権)の侵害となるところ、被告が施行した支柱の数は古久根建設よりの受注分について百七十六本、栃木県よりの受注分三十五本、茨城県よりの受注分二百五十一本以上合計四百六十二本であり、一本の製作代金は二千円であるから四百六十二本の代金は合計九十三万四千円で、その利益は、代金額の一割に相当する九万二千四百円であり、従つて原告田嶋、山田の両名並に原告会社の得べかりし利益の喪失額は右金額に過ぎず、従つて原告等の本訴請求額は過当のものである。

(八)の第二第三段の事実は不知。

(九)(十)の主張はこれを争うと述べ、

立証として乙第一号証の一乃至五、乙第二乃至第五号証の各一、二、乙第六号証の一乃至四、乙第七号証を提出し、証人高橋弥作、高橋梅太郎、篠原博治、齊藤義明、内藤半一郎の各証言を援用し、甲第六第十三号の成立は不知、甲第七号証が原告等附陳の如き写真であること、甲第八号証の三、甲第九号証の二、三が原告等附陳の如き設計図であることは認める。その余の甲号各証の成立並に検甲第一第二号証が原告等附陳の如き支柱であることも認めると述べた。

理由

原告等主張の(一)のうち、原告田嶋恩、山田雅吉の両名が、その主張の本件実用新案権の権利者であること、原告日本フアイリング株式会社が鋼鉄製家具の製作請負等を目的として設立された会社であることは本件当事者間に争がなく、証人佐々木喜代次の証言並に原告山田雅吉に対する本人尋問の結果を綜合すれば、原告田嶋は原告会社の代表取締役(社長)で、原告山田は原告会社の取締役、技術部長であり、本件実用新案の考案は、その性質上原告会社の業務範囲に属し、その考案をするに至つた行為が、原告会社における右両名の考案当時の職務に属することが認められるので、(右認定に反する証拠はない。)原告会社は当時の実用新案法第二十六条、特許法第十四条第二項(改正実用新案法第五十五条改正特許法第六条)による通常実施権をもつているものと云わざるを得ない。

原告等主張の(二)(三)の事実は被告の認めるところである。してみれば、客観的には被告の前示(三)の所為は原告田嶋、山田両名の本件実用新案権を侵害したものと云わなければならない。(原告会社の実施権については、後述)

被告は本件実用新案権の内容である考案は公知公用のものであり、中等程度の工業学校の教科用図書に図示されている旨主張するけれども、当時の実用新案法第一条によれば、実用新案の登録を受け得るものは「物品ニ関シ形状、構造又ハ組合ハセニ係ル実用アル新規ノ型ノ工業的考案」であるところ、成立に争のない甲第一号証の一乃至三によれば、本件実用新案が登録されていることが認められるので、その考案は新規のものであつたと一応推定できるばかりでなく、仮に公知公用のものであつたとしても、実用新案の登録がなされている限り、旧実用新案法第二十二条第十六条等による登録無効の審判の手続によらないで、登録の無効を主張し又は実用新案権の存在を否定できないものと解するのが相当である。もつとも成立に争のない乙第一号証の四のFig9、10の図面と、栃木県立図書館の設計図であることについて争のない甲第八号証の三に図示された支柱の図の横断面図だけをみると、被告主張の工業学校の教科用機械設計製図にあらわれているブリキ乃至鉄板の組合わせと、本件実用新案の支柱の鋼鉄板の組合わせは同じように見えるのであるが、本件実用新案による支柱であることが当事者間に争のない検甲第二号証並に証人落合良雄、佐々木喜代次の証言によれば、乙第一号証の四の前述の図は縦断図であり、従つて管状のものを継ぐ場合の例図であり、本件支柱の如く細長い二片の鉄板を組合はせて柱状のものを作る場合の図でないことが認められる(この点についての証人高橋弥作の証言は信用できない)ので、右乙第一号証の四だけで、本件実用新案の考案が公知公用のものであるとは断定できないのみならず、たとえ、公知公用のものであつたにしても、登録無効の審判手続によらず、しかも旧実用新案法第七条の場合の如く特段な事実の主張、立証のない本件では、被告の所為が客観的には、本件実用新案権の侵害となるものと解すべきことは前述の通りである。

ところで前掲甲第一号証の一乃至三によれば、本件実用新案については昭和二十七年九月十日その登録出願がなされ昭和二十八年七月二十七日実用新案公報に出願公告が記載されたことが認められ、又原告等主張の(一)の如く昭和二十九年一月十二日右実用新案が実用新案原簿に登録されたことは被告の認めるところであるのみならず、被告の答弁(原告主張事実の(四)についての答弁)の(4) の本件書架の請負のための入札方法が被告主張の通りであり、又原告会社がその使用人を同会社代理人として右の入札に参加させたことは本件当事者間に争がなく、前示甲第八号証の三、成立に争のない同号証の四、証人落合良雄、内藤半一郎、山田清蔵の各証言を綜合すれば、昭和三十年九月頃行われた栃木県の本件書架製作請負についての説明会で原告会社の使用人(営業部長)落合良雄は、説明に用いられた原告会社作製の設計図について、支柱に原告会社の使用している実用新案が含まれている旨を説明したが、その席上には被告の代理人内藤半一郎も出席して聴取していたこと並に昭和三十年十一月頃行われた茨城県の本件書架製作請負についての説明会において、右説明会に出席した被告の代理人(従業員奥山、西尾等)は説明に使用された原告会社作製の設計図の書架の支柱には原告会社の実施している実用新案が含まれていることを知悉しており、従つて設計は右設計図に準じたものでよく、実用新案通りのものでなくともよいという諒解の下に、入札されることになつたものであることが認められる。証人篠原博治、小林彦久の各証言中以上の判示に副わない点があるが、右部分は的確なものとは云えず、他に右認定を左右し得る証拠はない。

右認定の事実からすれば、被告会社代表者又は代理人は、原告主張の(三)の如く本件書架を製作販売した当時、書架の支柱に本件実用新案権の存することを知り、又は少くとも、鋼鉄製家具製作業者として取引上必要とされる注意を怠らなければ右権利の存在を知り得た筈であるから被告会社の代表者乃至代理人は故意又は過失により原告田嶋、山田両名の本件実用新案権を侵害したものと云うべく、右侵害行為が、被告会社代表者乃至代理人の職務の執行につきなされたものであることも疑いを容れないので、被告は上叙侵害行為により原告田嶋、山田の受けた損害を賠償する義務のあることは明である。

被告は、古久根建設並に栃木県の注文の際、その設計図に本件実用新案の考案が図示されていたにも拘らず原告会社の代理人はその実用新案について何等の申出もしなかつたし、茨城県の場合の説明会においても実用新案権の存在について何等の申出もせず、原告会社発行のパンフレツトや、図書館雑誌に原告会社製作の書架並に特許田嶋式と表示した整理棚全体の写真を掲げながら登録番号を表示しなかつたのみならず、被告が本件書架製作を請負つたことを知りながら実用新案権について何等の申出をしなかつたと主張し、右一連の事実よりして被告が本件書架製作のため、実用新案の考案を使用することを原告等において暗黙に承諾していたものと云うべきものとしているが、すでに判示した通り、栃木県、茨城県の場合の各説明会において、原告会社の代理人より本件実用新案権の存在を明にしており、しかも被告代理人もこれを知り、書架の設計は原告会社の書架に準ずるもので足り、本件実用新案による考案に限定しない諒解の下に入札がなされたものであるから、たとえ原告会社発行のパンフレツトその他に登録番号の表示がなかつたとしても、その一事を以て被告の本件実用新案の考案の使用を黙諾されていたものとは云えない。

被告は更に前記主張事実の下に、被告の本件実用新案権の侵害については、原告等にも過失があるので、その過失は損害賠償額を定めるについて斟酌さるべきものと云うけれども、すでに判示した事実の下では、原告等にその権利侵害を受けるに至つたことについて社会的に批難さるべき不注意があつたとは云えないので、損害賠償額を算定するについて斟酌しなければならない過失があつたとの被告の主張は採用できない。

そこで原告田嶋、山田の両名が受けた損害についてしらべてみると、右原告両名はその主張の(五)の第一段で、被告が(三)の本件書架製作請負により得た利益を以て、原告両名の受けた損害と解すべきものと主張しているけれども、現行実用新案法第二十九条第一項の如き規定(法律上の推定)のなかつた当時においては、右主張を直ちに肯認することはできない。(殊に本件では原告両名はいわゆる職務考案による権利者で、その権利を実施してはいないことも考慮すべきであろう。)

理論上よりすれば、侵害行為による製品の数量に応じた客観的に相当な実施料(実用新案権の)を以て原告両名の受けた損害と解するのが相当である(現行実用新案法第二十九条第二項はこの趣旨を採用していると思われる)ところ、証人佐々木喜代次の証言によれば、実用新案権についての客観的に相当な実施料額は通常製品の販売価額の二乃至三パーセントであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで本件においては実用新案権は、製品としての書架の一部である支柱についてのみ存するので、製品の販売価額の意義について、書架としてのそれか、又は支柱だけのそれかについて争があるので、この点について判断する。

本件実用新案権は原告等主張の(二)によつて明なように書架用支柱の構造について存するものであるが、成立に争のない甲第三号証の一乃至三、甲第十一号証、乙第二乃至第五号証の各一、二乙第六号証の一乃至四、並に原告山田雅吉に対する本人訊問の結果を綜合すれば、書架の製作に際り、支柱のみを下請けさせる等の方法により、支柱のみを取引の対象とすることは可能ではあるが、一般には支柱を含めて完成された書架として販売宣伝、その他取引されるもので、支柱のみが取引されるものではないことが推知できるし又、すでに述べたところにより明なように本件の取引(原告等主張の(三))においても、支柱として製作請負がなされたものではなく、書架として取引されたものであることからすれば、製品としては、支柱そのものではなく、その支柱を構成の一部として完成されている書架であると云わなければならない。

してみれば前述の製品の価額とは、本件では書架の価額を意味することとなるものであるところ、成立に争のない甲第八号証の一、二甲第九号証の一、甲第十二号証並に証人内藤半一郎の証言を綜合すれば、被告が本件書架を製作納入した価額は古久根建設分については二百七万九千円、栃木県の分については三十六万二千六百円、茨城県の分については二百五万八千円 以上合計四百四十九万九千六百円であることが認められる(この点について被告は五百二十二万三千五百円と自陳しているので、これを自白として採るべきものとの考え方もあろうが、他方原告等も四百九十九万二千円と主張しているので、これも自白と考えることができる。かくの如く、当事者双方が同一事実について、各自、自己に不利益な主張をしている場合は、何れの主張も自白とするに由ないものである)ので、原告田嶋、山田両名が本件実用新案権の侵害により受けた損害として確知し得るものは、右金額の二パーセントに相当する八万九千九百九十二円である。従つて被告は右原告両名に対し右損害を賠償する責があるところ、本件実用新案権は原告両名の共有に属し、その持分については何等の主張立証もない本件では、右両名において平等に各自右金額の半額四万四千九百九十六円の賠償請求をなし得るものと云うべく、右原告両名の被告に対する実用新案権侵害による損害賠償請求のうち各自金四万四千九百九十六円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが当裁判所に明白な昭和三十三年八月二十一日以降完済までの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める部分は正当であるが、右の限度を超える部分は失当として棄却さるべきものである。

次に原告日本フアイリング株式会社の(六)の主張についてしらべてみると、同会社は被告の所為により本件実用新案の実施権を侵害されたと云うのであるが、元来実施権というものは、実用新案権者に対し、実施権者が実用新案の内容である考案を使用して物品を製作することを忍容させることを権利の実体とするものであつて、その性質より云えば、実用新案権者に対する債権的性質を有する権利であると観念できるのであり、排他性(他人がその実用新案の実施権者となることを妨げること)はなく、いわゆる専用実施権者についても、その専用を主張し得るのは実用新案権者に対する関係において債権的に主張し得るにすぎないのが本来の性質と思われるのであるが、借地権のような純然たる債権でも、登記その他の対抗要件を具備すれば、その権利を第三者に対抗させても、取引の安全を害しないで、権利者を保護することは可能である。唯、問題は、債権又は準債権と目すべき権利については、債務者以外の第三者が如何なる場合にこの権利を侵害したと認められるかという点であり、これは第三者による債権侵害の理論に帰着するわけである。権利に不可侵性があるからと云つて(凡そ法が権利として認める限り、どんな権利にも不可侵性はあるであろう)抽象的に権利に不利な影響を及ぼす、第三者の行為をすべて権利侵害とは云えないと同時に債権であつても、債権者以外の第三者に対抗ができ、しかも具体的に債権を害されたと認め得る場合においては第三者による債権侵害が認められないわけはない。たとえば、借地権が第三者に対抗できる要件を具備しているときその借地権の対象となつている土地を第三者が使用すれば、これにより借地権者は借地権を害されたと考えてよいであらうが、これは借地権は債権(土地を貸した人に対する権利)にすぎなくとも、土地が特定のものである関係上、第三者により事実上、権利を行使できない状態を作為されているからである。実用新案の実施権についても専用実施権であれば、たとえ権利の実体は実用新案権者に対する債権的のものであつても、第三者が右実用新案の考案を使用することは事実上専用実施権者の権利の実現を侵害するものと云い得るわけである。現行実用新案法第二十七条乃至第二十九条の規定はこの趣旨を明にしたものである。通常実施権については、他人が同一の実用新案の考案を使用したというだけでは、侵害されたとは云えない。自己の実施権の行使を妨げられたような場合にのみ、その権利の侵害があると解するのが相当である。

ところで原告会社は本件実用新案権については単に通常の実施権(もつとも本件係争事件当時の実用新案法は、法文の上では専用、通常の如き名称を使用していないで、理論にまかせてあつた)を有するにすぎないことはすでに述べた通りであるから、被告が本件書架製作に際り本件実用新案の考案を使用した一事だけでは原告会社はその実施権を侵害されたとは云えないし、又競争入札において、被告が入札に参加して落札し、原告会社が落札できなかつたため、本件書架を同原告が実施権を行使して作製できなかつたからとて、これを以て、被告が原告会社の実施権の行使を妨害したとは云えない。その他被告が原告会社の実施権を害したと云い得る事実の主張立証のない本件では、右実施権の侵害を前提とする原告会社の損害賠償の請求は失当であつて棄却を免れない。

更に原告等三名は(九)の(イ)(ロ)の所為により名誉乃至信用を毀損された旨主張するので、この点についてしらべてみると、成立に争のない乙第七号証によれば、被告は古久根建設(但し納入先は日本大学教養学部図書館)茨城県(納入先は県立図書館)より請負い、製作した本件書架を撮影した写真を被告発行の「カタログ」に載せて広告している事実が認められるけれども、その公告だけで直ちに原告等の名誉乃至信用が害されるものとは云えない。又本訴において被告訴訟代理人を通じて、本件実用新案の考案を以て公知公用のものであると主張し、その主張事実を証明する目的で乙第一号証の一乃至五(原告等が(九)の(ロ)の後段で指摘している教科用機械設計図)を提出し、又証人高橋弥作(被告会社の使用人)が原告等主張の如き証言をしたことは審理上明白なことではあるが、右は被告か「実用新案権を侵害したものではないこと、又仮に侵害したことになるとしても、故意過失のないこと」を主張し、立証するための訴訟上必要と認められる防禦方法としてなした所為であり、証人の証言も、尋問に応じてその所信を述べたものであつて、それらの事実が原告等の自尊心乃至感情を害したとしても、被告の所為並に被告側の証人の供述が、違法なものと云い得ないのみならず、原告等の感情は兎もあれ、客観的には被告並に証人の前示言動により原告等の名誉乃至信用が毀損される程度の内容のものとは解し難い。しかも実用新案権に対する既述の事実による侵害は、金銭的賠償を以て満足できるものと解するのが相当である。

以上判示したところにより原告等三名の(十)の主張の理由のないことは明であるから、名誉乃至信用回復のための謝罪広告をなすべき部分の請求は、これを失当として棄却する。

原告田嶋、山田両名の(十一)の請求も上述したところにより失当であり棄却さるべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について、原告田嶋、山田と被告との間に民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項本文を、原告会社と被告との間に同法第八十九条を、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 田中良二 佐藤栄一)

謝罪広告

当会社は貴殿等の有する書架支柱の実用新案権(登録番号第四〇九四七九号)並びに其の実施権を無断で実施し、古久根建設株式会社、栃木県、茨城県に対し、書架を納入したばかりでなく、これに関連して貴殿等の名誉権並びに信用権を侵害したことは誠に申訳ありません。茲に謹んで謝罪致します。

昭和 年 月 日

東京都荒川区尾久町十の一五四六

株式会社内藤鉄工所

代表取締役 内藤義治

田嶋恩 殿

山田雅吉 殿

日本フアイリング株式会社 殿

第一図、第二図、第三図<省略>

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